旅客機墜ちても困るし

96958A9E9381959FE0E79AEB938DE0E7E2E1E0E2E3E79494E3E2E2E2-DSXMZO8486404026032015I00001-PB1-7bomb0知らない人もいるだろうが、イランの石油と日本ということでは忘れられないケースがある。1970年ごろから89年までに及ぶIJPC、つまり「イラン・ジャパン石油化学」の大事業の破綻である。三井物産が中心になって進めたものの、まったく実を結ばす、1.3千億円の清算金まで払って幕を閉じたイランでの日本の石油化学プロジェクトだった。IJPCの出発は日本によるイランの油田廃ガス有効利用としての石油化学事業を目指し、両国間で結んだ1970年の覚書である。日本のエネルギー資源確保という大目的のために企業としてのIJPCが73年に設立され、中東戦争の荒波をかぶりながらも78年には建設工事の85%までが完成した。だが79年にイラン革命が起き、その対処に追われるうちに、こんどは80年にイランとイラクとの戦争が始まってしまった。この間、総事業費は7.3千億円にまで増額されていた。だがイラン・イラク戦争は激化の一途をたどり、IJPCの工事現場までが爆撃を受けるにいたる。その結果、プロジェクト全体が81年11月には打ち切られてしまった。その後の残務整理や清算に8年近くの歳月がかかったわけである。壮大かつ無残なIJPCの破綻ドラマだった。イランの石油と日本とのからみには、こうした多難な歴史があるわけだ。参照記事 烏合の衆である欧州組は、ウクライナでの裏工作失敗で敗北を味わっている。そんな経緯をみると、安易に米国が賛同しないアジアインフラ投資銀行(AIIB)なんかには、怖くて関与できない。  過去ブログ: 2015年4月1日 自分で自分のためにやらなければ、誰があなたのためにやってくれるか 2015年3月27日 副操縦士が故意に急降下、機長閉め出し後…検察

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