この漢の向かう先とは

「互いの相違点が存在することは認めよう。しかし、同時に互いの共通の利益にも目を向け、相違点の解決にも努力しよう。そして、もし今相違点を克服できないとしても、少なくとも多様性を認めるような世界を作る努力は成せる。なぜなら、最終的にはわれわれの最も基礎的な共通点は、皆この小さな惑星に住み、皆同じ空気を吸い、皆子供たちの未来を大切に思っている。そして、皆死んでいく身なのだ」《落合信彦「ケネディからの伝言 」(集英社)》

1963年6月10 日、ワシントンのアメリカン大学の卒業式においてケネディは”平和のための戦略” と題したスピーチを行った。マスコミはあまり関心を示さなかったが、このスピーチこそケネディの世界平和に対する情熱と信念そして哲学がおり込まれ、米ソ関係を大きく変える原動力となった。なぜならこのスピーチがフルシチョフの対米観を180 度変えることになったからだ。 冒頭の文は、そのスピーチの締めの部分を落合信彦氏が翻訳したものである。 全方位に喧嘩を売った漢の審判が間もなく出る。選挙活動の終盤には既存メディアも無視できなくなり、小池候補も街頭演説先を変え、共産党は選挙妨害を働いてきた。 なぜ最後の街頭演説地が秋葉原だったのか?衆院選で返り咲いた安倍首相の時より聴衆が多いとの意見もある。 仮に当選できなくとも、彼の叫んできた主張の数々は確実に影響力を残すであろう。 過去ブログ:2016年6月30日 キム・ピョンピョン出陣

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